I's Family 物語
一日24時間1年365日平凡であれと願うのですが・・・ 我が家には次々と面白可笑しな出来事が出てくるのです・・・・喜怒哀楽家族
本日の記事のタイトルはズバリ・・・
120日間の思い出です。
本日、120日を共に生活してきた妹がここを離れていきました
思い起こせば、4ヶ月前、妹に手を差し伸べたことがきっかけで、うちに居候することになりました。
受けたその頃は、楽しいことばかりが続くに決まってる
そう過信していた自分が居ました。
でも、実際は色んなことがありました。
まさに、このブログの副題ではありませんが・・・
喜・怒・哀・楽
それぞれ・・・体験しました。
一つ屋根の下に暮らす大変さも知りました。
でも大変さだけが残ったのではありません。
それ以上に、妹は私たちにリアルタイムに感謝の意味を込めて、返してくれてました。
そうです
あーたんの遊び相手
そーたんの食事係
パピーへの気遣い
マミーの家事手伝い
本当によく頑張ってくれました。
自分が疲れてる時も、笑いの種をまいてくれました。
共に生活をすると、本当に色んなことが学べます
学ぶことはお互いにできました。
妹はよく、こう言ってました。
「おねぇちゃんを見て、夫婦のあり方、育児の大変さ、家族の意味・・・一つ一つを勉強させてもらってる」と・・・
生の現場での教材、妹には良かったようです。
最初は私も恥ずかしいとこ見せたくなくて、いつも以上に頑張ってたとこありました。
でも、徐徐に、妹を本当に家族の一員のように考えられたその日からは、自分も弱音を吐くようになりました。
こうすることで、お互いに隔たりがなくなり、素直に助け合えるようになったのです
いつも、キレイな部屋でありたい、いつも、ステキなママでいたい、いつも仲良しな夫婦でいたい、そんな一つ一つが一つでもクリアできなかった時のショックは確かに大きかったです。
でも、私も人間です。
頑張れない時だってあるわけです。
最初に思い描いてた自分像からすると、許せないことではありましたが、ここは、意地張ってても仕方ない。そう途中で気づきました。
家族はもちろんのこと、妹を受け入れるために色んな協力をしてくれました。
その点に関しては・・・
パピーに感謝
あーたんに感謝
そーたんに感謝
この他の何ものでもないです。
その分、妹はいろんなものを残してくれました
書き出せないくらい・・・
その置き土産を感じつつ、今こうして、妹が居なくなった我が家でパチパチ記事を書き込んでるのです。
やはり寂しいです。
120日って・・・
1年の3分の1
一緒に居たのですから・・・
あーたんが、妹の家を出て、我が家に帰宅した車の中で
「○○が居なくなって寂しい」
と泣いたのです。
そのキモチは私も同じです。
間違いなくこの120間は家族だったのですから・・・
もしかしたら、今こうしてるこの時間も静まりかえった部屋で独り、孤独に耐えてるのだと思うのです。
“頑張るね”そんな言葉を言ってはいましたが・・・
実は、先日から、今日まで(今もあまりスッキリしてませんが)私の体調が思わしくありませんでした
ズバリ・・・頑張りすぎで、最後の最後に妹を後押しできなくて、バテてしまったようです。
一応、私なりに、サポートし続けてきたつもりです。
でも、もう限界でした。
妹への最後のお弁当作りをした後、体調を壊しました
妹のせいではありません。
自分の力不足です。
それなのに、変に今、やり遂げた感があるのです。
妹へ・・・
本当はきちんと最後まで、
元気に送り出したかったよ
そんな気分です。
体調もイマイチなので、決して無理はしてませんが、妹が居ない、明日から、再び、主婦として、母として、頑張れるか?不安が残る夜を過ごしてます。
何はともあれ、わが子のように、妹のことを温かく見守ってくれたパピーにもう一度、お礼を言います。
ありがとう
そして、121日目を無事に切り出せるよう、妹よ、頑張れ
私たちは、いつも近くに居るから・・・いつでも“ただいま”って帰っておいで、きっと子供達は手離しで喜ぶはず
そしたら、又、一緒に食卓を囲もう。
*実に個人的な記事になってしまいましたが、最後まで読んでくださりありがとうございました。
コメント
コメントの投稿
トラックバック
http://mercury7.blog54.fc2.com/tb.php/224-e4d82a10
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

